「死ぬことって」をこども自身が意識しはじめた時

ある写真集を年が明けて
改めて見てみたくなった。

写真家 #幡野広志 さんの写真集。

息子さんが生まれてから、
幡野さんご自身の多発性骨髄腫という
血液の病気が発覚した。

全体が3部構成で1冊にまとめられている。
・海上遺跡
・いただきます、ごちそうさま
・優しい写真

優しい写真、にたくさん心に響く一言一言が
丁寧に書かれてある。

そして、こう書かれている。
『ぼくは息子のことを愛していた事実を
 伝えるために、
 いまを生きて写真を撮っている。
 君に伝えたい、ただそれだけだ。』
と。

自分自身の撮影への思いとか
伝えたいこととか、改めて考えさせられた。
そして

『生きることや死ぬことの意味を意識して生活するようになった…略…生きることの答えが見つかると、今度は死ぬことって何だろうと考える』と。

ふと、今度は主語が私ではなく
病気に向きあうこどもは、になっていた。

生まれつき何らかの病気をもって
日々を過ごしていくうちに
死ぬことって何?ということに
差し迫った形で
こども本人が直面する。

病気ではない子でも、近親者や身内の誰かが
亡くなった時など、
その機会はあるのだろうけれど。

生きること、死ぬこと、
なんて未就学児や小学生の低学年で
それほど深く考えることはない。

でも、
一緒に病室が同じだったお友達が
外来で会わなくなり、
「○○くんが亡くなった」と知る。
ここで、何より差し迫るのは、
自分と同じ病名だった○○くん、ということが
より現実に迫る。

胸に残る自分の手術の傷跡
ふとお風呂の鏡で気になった時。

もちろん、病気の有無に限らず
道徳の授業や、体育の授業、
生き物のことなどから考える機会は
あるのだけれど、また違う。

我が子自身が、「生きることって」、
を考える前に、先に
「死ぬことって」、にぶちあたり、
それを受け入れる…
受け入れないでいるのかもしれないけれど…

初めて気づいた時から
とてつもないエネルギーと
恐怖、悩み、苦しみがあった、あり続ける
のだろうなと
胸が締め付けられる思いになった。

病気に向きあうのは程度もいろいろ。
普段、日常生活に支障がない状態で
あったとしても
それはそれで、健常者のお友達との中で
思春期、進路、将来、を普通に
考えていければいくほど
どうなるんだという恐怖が
常に迫るのだと。

親はその恐怖を一緒に抱えているつもりでも
小中学生になれば、その半分も一緒に抱えてやれない。

だからこそ、
自分自身で病気に向きあっている
ということをゆっくりと時間をかけて
見守ってやるしかないのだと。

うーん、ここまで書いて
結局、そこか、、、
切ない。

がんばれ、と心の中でつぶやくだけ、か。

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